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太いくぎで図書館の床に打ち抜かれた大量の古文書。それは十字架にくぎで打ち付けられたイエス・キリストのようだ。床に散らばる古い書物たちはまるで抽象芸術のオブジェである。

エルマンノ・オルミ監督の『ポー川のひかり』は主人公の大学教授の行動を淡々と描く。「世界中の本よりも友人と飲むコーヒーのほうがいい」と彼は言う。

知識の集積は意味をなさない。もっと人間的なものを求めるべきではないのか。この映画はこんなメッセージを明確に説いているわけではない。川辺の朽ちかけた家。ポー川流域の人々。主人公が語る父親と息子の逸話。哲学的な台詞。あるのは魅力的な映像とエピソードの断片だけだ。ドラマがあるわけでもない。

ただ、主人公の内心。そしてポー川の川辺に不法に暮らす人々の内心。それぞれの内心を自分に置き換えてみるとこの物語の奥深さを感じ取ることができる。

戻ってくる教授を出迎えようと道の両脇に飾られた大量のロウソクの明かり。キリストさんと呼ばれたその男はどこに消えてしまったのだろうか。そして、床に打ち抜かれた古文書の意味は、本当は何だったのか。映画は明確な説明をしない。エルマンノ・オルミの最後の長編映画作品は不思議な余韻を残す作品である。

(2010年2月7日及び8日午後6時15分、飯田橋ギンレイホール)2010-19