映画『孤高のメス』は、現役医師・大鐘稔彦氏によるベストセラー小説を映画化した作品で、医療現場の問題を正面から取り上げている。
成島出監督がこの作品を撮ることになったのは、プロデューサーから原作を読んで欲しいと言われたことがきっかけ。ごく普通の出会いだった。
「現役医師の大鐘稔彦さんが書かれたものなので手術シーンが膨大にあり、最初は戸惑いましたが、地域医療の問題や脳死の問題に興味を持ったのと、その根底にある怒りというものがストレートに伝わってきました。そこが映画のへそになってくれればいいと思い、ハードルは高そうでしたが、やってみようと思いました」
この映画は主人公である医師の当麻鉄彦の主観ではなく、看護師の中村浪子が書いた日記を息子が読んでいくという形式で物語が進行しており、客観的な視点から演出されている。
「どうするかすごく悩みました。主人公、当麻のオーソドックスな視点からの物語進行もいくつか組んでみましたが、この主人公は大騒ぎしたり、爆発したりするのではなく、静かに怒っています。それを当麻の視点で映画を進めていくと、何か物足りない」
そこで、実際に手術を見学に行ったところ、手術用具を渡す場面が面白かったので、それが使えないかと考えた。「触れ合うわけではないが、用具を通して手と手がつながっていく。看護師は医師のやりたいことを事前に読んでいかないと手術がスムーズに進みません。そこでヒロインを置き、彼女の私生活も含めて描くことにしました。病院が嫌で仕方がない一人の看護師が当麻と出会うことによって、変わっていく。一方、当麻は風のように来て、風のように去っていきます」
原作のダイジェスト的な作りをしている映画も多いが、この作品は小説を離れて1本の映画として十分に成立している。「原作者の大鐘先生には申し訳ありませんでしたが、原作は全6巻あり、手術シーンもダイジェストしていくと、どうしても内容が薄くなってしまいます。だからといって4時間、5時間の映画にもできないので、ダイジェストにはしませんでした。一番根っこにある怒りだとか、何が問題なのかということは明確だったので、そうしたテーマはやろうと最初から決めていました。そこで一番力があるものから優先的に物語に組込んでいき、2時間という枠のなかでどこまでできるかということになりました。消去法ではなく、ゼロから積み上げて2時間の枠に入りきれないものは切るというやり方の脚本作りをしたわけです」
だから、映画のなかのエピソードが自然に繋がっていて統一感がある映画に仕上がっているのかもしれない。
「映画の主観を当麻にしないで、浪子にしましたが、全体のトーンは当麻にしようとしました。シナリオも仕上げも音の付け方もそうしました。当麻がどういう視点で手術に入っているかということを音楽などで表現しようと思ったわけです。ドラマは浪子だが、音や視点は当麻になっている。だから浪子の気持ちの音を付けてしまうとドラマチックに過ぎてしまい、逆に当麻が遠くなると思いました」
手術シーンにも多くの時間が割かれているが、実にリアリティがあって、緊迫感がみなぎっている。
「最初は臓器をどうしようかと思っていました。血が嫌だと思っていましたが、当麻のオペはあまり出血しないんですね。これならばホラー映画みたいにはならないかなと思いました。実際の手術や内臓を見て、血がほとんど出ないということと、実際に臓器を見たときに最初はもっと怖いものかと思いましたが、けっこうきれいだったんです。これならば撮れると思いました」
この映画はテーマの押し売りのような演出をしていない。淡々とストーリーが進行するなか、テーマが観る者の心の中に染み込んでくるような作りだ。
「映画自体も当麻のようにしたいと思いました。つまり、『命が大切です』と言ってメスを取る先生もたくさんいらっしゃるとは思いますが、一切それをやらずにテーマだけが静かに浮かび上がってくるという、言葉ではない何かにしたかった。『命のリレーがテーマです』と言ってしまうとちょっと違う。そこが難しいところで、言葉にできないものを撮ろうと思いました。上から目線で押し付けがましくなりがちなテーマですが、僕はそういう映画は苦手で思わず逃げてしまいそうになります。自分がやられて嫌な思いをしないように作ろうとしました」
撮影が困難だったシーンはあるのだろうか。
「手術シーンはどうしても時間がかかりましたが、優秀な実際のお医者様に指導していただき、堤真一さんも夏川結衣さんも鍛錬を積んだ上でやってくれました。最初は手の動きなどは代役を立てないと無理だと思いましたが、お二人がコツコツ努力していただいて本人たちが代役なしで全部できるようになりました。 手術は単純なことを丁寧にミスなしでやっていくことが大切で、いわゆる神の手とは逆なんです」
「例えば、仕事で苦しんでいる方が週末にこの映画の当麻の姿を見て、自信を持って明日出社していただければうれしいし、子育てで苦労されているお母さんの立場で、浪子や(息子を失う小学校教師の)武井静さんの目線で見ていただければと思います。非常にシンプルなテーマなので、その人の人生とかその人の置かれている立場で、映画が伝わっていけばいい。観客それぞれの方にとっての1本になってもらえればいいと思っています」
(取材・文・撮影:矢澤利弘)
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