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田平美津夫プロデューサーとアニメ「こまねこ」のこまちゃん(キンダー・フィルム事務局提供) 

日本唯一のこどもたちの世界映画祭『キンダー・フィルム・フェスティバル』が今年も8月12日(金)から13日(土)まで日比谷公会堂、8月18日(木) から21日(日)まで調布市文化会館にて開催される。この映画祭は、世界三大映画祭の1つであるベルリン国際映画祭の児童映画部門の協力を得て1992年 にスタートし、今年で19回目を迎える。毎年ベルリン国際映画祭から厳選した作品や、世界中から質の高い映画とアニメーションを集め、目の前で日本語に吹き替える「ライブ・シネマ」という上映スタイルや、ユニークな体験型プログラムを採用している。

毎回、多くの親子連れが会場に詰めかける人気の映画祭だが、20年近く映画祭を継続させるためには人並みならぬ努力と工夫が必要だ。継続する映画祭の運営上の秘訣などについて、キンダー・フィルム・フェスティバルの田平美津夫プロデューサーに話を聞いた。


-キンダー・フィルム・フェスティバルが始まったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。


「僕自身が高校生のとき、映画が好きで8ミリで実際に作品を作っていました。高校2年生のときに、ある映画監督のところに弟子入りに押しかけたことがあり ます。そのときは断られたのですが、それでも毎年連絡を取っていました。スピルバーグみたいな映画監督になりたいと思い、18歳のときにアメリカに行きました。ちゃんとしている人たちはビザを取得して学校へ行くのでしょうが、僕は何も計画なしに、ただアメリカへいけばスピルバーグに会えるだろうと簡単に思っていました。観光ビザで行き、不法就労のままコミュニティスクールへ通って、昼間は日本料理店でキャベツを切っているうちに、あっという間に3年半経ってしまいました。気が付いてみると、映画監督にはなれなくてビジネスをガツガツしている青年でした」


「23歳で日本に帰ってきて、25歳までに何でもいいから商売を始めようと思って技術者派遣業を始め、それがうまくいきました。会社を始めて、順調に動き始めたころにある方からベルリン映画祭に子ども部門というものがあるということを聞き、仲間3人で映画祭を始めてみようとなったのが、この映画祭の始まったきっかけです」


-映画祭を開始したあとは順調でしたか。

「20年前にこの映画祭を始めたときに大変だったのは、とにかくお客さんを入れることでした。第1回目は東京都児童会館で開催し、ベルリン映画祭のディレクター、レナーテ・ツィラさんほか海外ゲストを何人か呼びました。しかし、舞台あいさつのときにほとんどお客さんがいませんでした。650席の会場に50 人いればなんとか許されると思うのですが、5人しかいませんでした」


「せっかく強い思いがあって作品を持ってきているのに、お客さんが入らなくて悔しい思いをしました。その時の悔しさが毎年、僕の原動力となって、来年こそ は会場を満タンにしてやろう、来年こそは誰一人この会場から出ていくことなく最後まで楽しんでもらおうと毎年プログラムを作っています」


「第1回をやったときには3人で赤字をいっぱい持ってしまいました。翌年には1人辞め、それから数年後に1人辞め、最終的に残ったのは僕だけでした。おふたりが辞められた後は、とにかく自分の試せることをどんどん試そうと思い、例えば第5〜6回目ぐらいからライブ・シネマを始めたりして、とにかくお客さんを増やすための手段として色々なことをやりました。当時は声優ブームがじわじわと盛り上がってきていました。まず、声優の好きなティーンエージャーに来て いただこうと思って、声優さんを起用したりしました」

-映画祭の内容に多くの改良を加えていったわけですね。

「最初の頃はベルリン国際映画祭の子ども部門でグランプリを取った作品であることを強調したりしたのですが、そのようなことは日本の子どもさんたちは興味を持ちません。どれだけ楽しいかという映画の本質を期待して皆さん来られているから、そこを満たさない限り、お客さんは満足してくれません」

「最初の頃の予算は400万〜500万円で、何年かは毎年200万〜300万円ぐらいの赤字でした。ベルリン映画祭にキンダー・フィルムフェスト・ベルリンがあり、これが世界で一番大きな子ども映画祭です。ベルリンとかグランプリというキーワードにこだわってはいけないと思い、ある年からどうしたら楽しく 見ることができるとか、どういう作品のテイストであれば子どもさんたちに最後まで楽しんでもらえるかということを追求するようになりました」

「向こうのやり方で1〜2年やってうまくいかなかったので3年目ぐらいからどんどん改良しました。自分の子どもを何もタイトルを言わないで映画館に連れて 行くのと、「今日、きかんしゃトーマスを見に行こうよ」というのでは子どものよろこび方が違います。名前の知られているものにやはりお客さんが集まってき ます。3年目から徐々にやり方を変えて、メジャータイトルも少しずつ増やしていきました。ただ、やはりベルリン映画祭に集まる作品とか、世界から集まって くる作品は良いものも多いのです」

「子どもは大人が見せたいものにはあまり興味を持ちません。ですからプログラムには子どもさんの好きな作品を必ず入れます。好きな作品と好きな作品の間に大人が見せたい作品やメッセージを伝えられるような作品を入れるのです。1プログラムは1時間から1時間15分ですが、1つのプログラム全体に起承転結を 付けます。難しい作品を上映する前には必ずガイダンスをするなどの見せ方の工夫をしています。そして会場のお客さんの顔を見るようにします。すべてのプロ グラムでくぎ付けにしなければいけません。どのプログラムも絶対に良いものを作らないといけないのです」

-継続できる映画祭の秘訣のようなものはあるのでしょうか。

「私はゴルフショップや薪ストーブ屋、人材派遣業などを本業としていますが、商売の基本と一緒で、満足してもらわなかったら続きません。映画祭が20年続いているのは、お客さんに満足してもらうということを徹底してやり続けているからだと思います。お客さんがいっぱい入らないと資金も集まらず、メディアも 集まらないので、映画祭は続けられません。映画祭を続けるための条件としては、まずは楽しいことです。お客さんが絶対に来られるようなものでなければなら ないし、われわれとしては動員を絶対にしなければなりません」

「最後に映画祭としてのポリシーは捨ててはいけません。僕はこの3つだと思っています。その3つをバランスよくやらないと継続できないでしょう。映画祭と いうと、一般に10本も20本も作品を上映するのですが、最初のころは、長編が5本、短編が10本といったように数を集めなければならないと思っていまし た。しかし、ある年にやめました。なぜかといえば、1週間の映画祭の期間中には1日3回から4回のプログラムがあります。この回数にただ映画を埋めればいいというものではないと思ったからです」

「映画祭は見本市のようなものですから、大人の映画祭ならいいのかもしれませんが、子どもの映画祭の場合はそうではありません。どのプログラムに入っても 満足していただくことが大事です。長編も4本や5本でなければならないという映画祭のルールのようなものがありましたが、そういうのもやめ、ある年は長編 1本で短編が5本になったとしても構わないということにしました。今年もそうですが、無理して数合わせのプログラムは作りません」

「また、ポリシーがしっかりないと後々後悔すると思います。うちの場合は特殊だと思いますが、自分たちの責任でお金を集め、自分たちの責任で採算を出しているので、もし失敗するとすべて自分の責任になります。後々後悔したくないので、作っている段階から自信がないものはやらないようにしています」

「去年は青山こどもの城で1日、調布市で4日間開催しました。動員数は約8000人でした。お客様の喜ぶことならすべてやりきる姿勢が大事です」

「映画祭を続けた理由は、僕はダメな父親だからです。僕自身、高校を留年したり、中退したりと、いろいろな経験があります。男の子が2人、女の子が1人いるのですが、子どもにちゃんとした頑張る父親の姿を見せてあげたいというのがありました。頑張ればこんな凄い映画祭も作れんだという事をただ見せたかった かもしれません」

「うちの子どもは今19歳なのですが、ちょうど8カ月のときにキンダーフィルムの第1回をやりました。子どもが3歳ぐらいから、僕と一緒にスタッフとして 参加しています。ついこの間まで家族全員参加の映画祭でした。キンダー・フィルム・フェスは執念と家族で作り上げてきた部分もあります」

-映画祭は調布市も共催になっていますね。

「調布市とタイアップしたのは4年前からで、それまではこどもの城だけでやってきました。キンダーフィルムを50年100年続けるためにはどうすればよいのかを考えたときに、どこかの自治体とガッチリとタッグを組もうと思ったのです。もし自分が病気で倒れたらこのままおしまいだと思いました。僕は日野市に住んでいて、会社が下高井戸なのですが、映画の町を目指しているところを色々と調べてみると、調布、川崎、川口があがってきました。そのなかで僕の一番近 いところが調布でしたので、まずは調布の企画課に電話しました。そうしたらすぐ会いましょうということになり、その年の8月の映画祭に調布の市役所の方が 見に来られました。感動して頂いたらしく、翌年から調布市との共催ということになりました」

「現在、調布市は最高に凄いパートナーです。沢山のアイデアを頂き、職員自ら映画祭の実務運営に参加してきます。調布市でなければリーマンショック後の厳しい映画祭運営を乗り越えられなかったでしょう」

「去年から共催に東京都も入っていただきました。今、東京都とも熱いミーティングを交わしているのですが、さらにキンダーフィルムを東京から全国に発信しようとしています」

-映画祭の知名度についてはどのような自己評価をされていらっしゃいますか。

「まだまだ知名度はないのですが、毎年少しずつですが、確実にやらなければならないことはやっていると思っています。50年100年続く映画祭にするため には、あわてて全てをやりきるのは無理ですので、地固めを1年ごとに確実にしています。例えば4年前に調布市に入ってきていただいたというのも地固めで す。知名度も一気に上がるとさめてしまうので、確実に上げるために動いています」

「今年も面白いことを企画しており、「こまねこ」のこまちゃんがディレクターに就任します。何年も前からキンダー・フィルム・フェスティバルという言葉は聞いたことがあると言っていただけるようになってきましたが、ビジュアルで残るものがありませんでした。これからキンダーのパンフレットやチラシなどにこ まちゃんを登場させようと思っています。実行委員長の戸田恵子さんとこまちゃんが登場するようになると、戸田恵子さんとこまちゃんの顔=キンダー・フィルム・フェスというビジュアルも残ってくると考えています。世間ではまだ知名度がないので、これからの数年は徹底的に知名度アップを目指します。また戸田恵子さんという凄い方が参加して頂いているのに、これで私がキンダー・フィルム・フェスを成功させられなかったら、私は大馬鹿やろうでしょう」

-映画のプログラミングはどのようにされているのでしょうか。

「5年前までは常駐スタッフがおらず、6カ月間のアルバイトスタッフしかいませんでした。それだと毎年スタッフが変わり、ノウハウが残らないため、5年前に常駐スタッフを一名採用しました。今、プログラミングディレクターがベルリンや色々な国を回って作品を集めるという努力をしています。プログラミング ディレクターが大きな枠で40〜50本集めてきた中から、事務局でさらに20本くらいに絞ります。最終的には調布市、東京都といったスポンサーと一緒に見 て、意見を聞きます。キンダーのポリシーを最優先するのですが、集めてきたものをまずみんなで見て、そこから作品を決めていくことになります」

―映画祭の予算と、それに対する効果についてはどのような見方をされていますか。


「実際に欲しい予算は3000万円ぐらいですが、集まってきているのは2000万円弱です。去年は青山の1200人の会場に2000人が並びました。調布も500人のキャパのところに1000人以上が並んでしまって午後の回の整理券を出したりして混乱するぐらい集客が順調に来ています。現在の予算でよくできているなと感じています」

「スポンサーの自治体にとって一番喜ばしいことは、メディア露出と動員数だと思います。メディア露出は想像以上に関係者に喜んでもらっていますし、観客の アンケートを見ても、高い評価を得ているので調布市のトップの方も喜んでいただいています。アンケートは各プログラムで必ず取ります。厳しい意見や良い意 見があるのですが、大半は満足していかれるようです。子どもたちの映画祭ですからこれからは安全面にも大きな配慮をしなくてはなりません。そのためにも予 算を増やさなくてはならないと考えます」

-映画祭にはインターンやボランティアの方の力も重要だと思いますが、映画祭の人員構成と役割はどのようになっているのでしょうか。

「事務局の構成は社員が2人で、インターンが5人です。本番になると140〜150人のボランティアさんが集まってくれます。学生さんは就職するまでは毎年参加される方もいらっしゃいますし、大人の方で毎年来られる方もいらっしゃいます。インターンは非常に多くの応募が来るので、面接をしっかりさせていた だいて、事務局のインターンをお願いする方は限られています。会場の当日のボランティアに関しては、我々だけではなく、調布市でも募集していますので、た くさん集まります。基本的に事務局の常駐スタッフ3人は必要でしょう。全ては予算ですが、私が頑張れば解決する問題だと思います」

-映画祭の事務局の仕事で要求される能力とはどのようなものでしょうか。

「映画祭は1つの仕事だけではなく、20も30もある仕事を1人で並行してやらなければいけません。それができるのが最低条件です。映画が好きとか、子どもが好きですという方も多いのですが、それだけでは事務局の求めている何十もの仕事を並行してうまくできません。判断力や情報の共有ホウ、レン、ソウ(報 告、連絡、相談)ができ、器用で体力がなければ本番まで持たないのです。一言で言うとスーパーな方でしょうか」

-今年の映画祭の目標について教えてください。

「今年は初の日比谷公会堂での開催でキャパが増えます。その2日間を必ず満タンにしたいというのが今の目標です。また、去年以上のPRができるかというの も課題です。今年で19回ですが、来年の記念すべき20回に向けての準備も今年の映画祭からスタートしようと思っています。戸田恵子さんとこまちゃん、キンダー・フィルム・フェスの作品力でお客様に必ず大満足して頂ける時間をつくり、記憶に残る楽しいプログラムを提供致します」

-ありがとうございました。

(取材・文 矢澤利弘)