グローバル化は文化の地域特性を消失させるのか。タイラー・コーエンの『創造的破壊』は、この問題がそんなに単純ではないことを示してくれる。


 
目次

第1章 異文化間交易
第2章 グローバル文化の隆盛
第3章 エートスの文化喪失の悲劇
第4章 なぜハリウッドが世界を牛耳るのか、それはいけないことなのか 
第5章 衆愚化と最小公分母
第6章 「国民文化」は重要なのか
解説


中表紙に次のような引用文が書かれている。
『スター・ウォーズ』のような映画を作る国が世界を支配するのは当然だ。
ーフィリップ・アダムス(オーストラリア・フィルム・コミッション代表) 
 この引用がどのように本文の論考で活かされていくのか。

第1章ではハイチ音楽に対する制限、カナダやフランスの国内文化助成などの例を丹念に示しながら、グローバリゼーションにはプラス面とマイナス面があることを指摘する。本書で示そうとしているのは次の3つの教訓である。
  1. 文化の多様性という概念には、複数の意味があり、中には規格外のものもある。
  2. 文化の同一化と差異化は、二者択一ではなく同時に起きることが多い。
  3. 異文化交易は、それぞれの社会を改変し崩壊させるが、結局はイノベーションを与え、人間の創造力を持続させることになる。
続く第2章では、グローバル化において、富と技術がいかにして人間の創造性を刺激するかということを示している。観念論ではなく、具体的かつ緻密な例を挙げながら論証していくのがスリリングだ。

反対に、第3章では、グローバル化によってエートス(ある文化に特有の感じや特色)が消失していくさまを示す。

第4章は映画に特化した論を展開する。ハリウッド映画がなぜ強いのか。映画制作は、ある程度は特定の地域にクラスター化する。それは次のような理由からだ。

ハリウッドの映画産業クラスターの一部は、映画のプロジェクトというものが有する短期的かつ動態的な性質によって動いている。スタジオは数年にわたってプロジェクトを抱え込んでいる場合もあるが、一旦ゴーサインが出てしまえば、映画制作者たちは、なるべく速やかに行動し、感知されている市場の需要に応じたいと考える。大勢の熟練技術者を超短期間で集める必要があるため、クラスター化されている共用人材プールから人材を「釣り上げ」ることになる。同様に、移り変わりの激しいコンピュータ産業でも、短期的プロジェクトが多いので、一旦ゴーサインが出てしまえば、多くの有能な人材を早急に集めねばならない。シリコン・バレーとハリウッドのクラスターを形成しているのは、共通の力である。
 
第5章は消費者について考察している。必要なのは単なる買い手ではなく、質の判る買い手だという。そして、第6章で全体を総括している。

論じたいテーマに対して、一見するとかなりかけ離れた事例(例えば、ハイチ音楽やペルシャ織物など)から論証を進めていく方法からは筆者の幅広い教養が垣間見える。刺激的な論考である。