candy

 ずっと前に別れてしまった人だったとしても、思い出がある限り、その人は心のなかで生き続ける。
 酒井麻衣監督の『棒つきキャンディ』は、少女マンガ家に転向しようとする女性少年マンガ家の思い出からの決別を描く。

 少年マンガ家として成功している望月千歳は、新しく担当になった編集者に少女マンガの原稿を渡す。千歳はマンガにダメだしをされ、書き直しをしていくなか、彼女の現在の姿とマンガのなかのストーリーと登場人物が交互に描かれて、そして融合していく。彼女の書いているマンガは高校生同士の淡い恋愛の物語だ。

 過去の失敗という呪縛があればあるだけ、人は過去から逃れられないものである。だが、その呪縛から逃れることができたとき、人は過去から自由になれるのだ。現在時制と、過去時制をオーバーラップさせて物語を展開していく手法は決して目新しいものではない。現在の自分が呪縛から逃れることができれば、過去時制の自分が消えるというのが定石だ。この作品はこの定石を的確に処理している。

 あのとき、ああしていれば、とか、なぜ、あの時にこう言えなかったのだろう、とか、誰もが体験する思い出である。そうした淡い気持ちを思い起こさせてくれる短編である。


(ゆうばり国際ファンタスティック映画祭フォアキャスト部門にて上映)(矢澤利弘)