
何にしても宙ぶらりんの状態というものは苦しく空しい。だから心の安らぎを得るためにはいったん「完了」させてリセットしなければならない。若松節朗監督の『柘榴坂の仇討』は、復讐劇の形を借りた主人公の心の解放の物語である。
浅田次郎が2004年に発表した短編集「五郎治殿御始末」のなかの一編を映像化した。桜田門外の変で殺害された歴史上の人物である井伊直弼に仕えていた彦根藩士を主人公にしたことで、リアリティが高まると同時に、歴史の裏側を垣間みているような気にさせられる。
主君を守りきれなかった主人公の志村金吾は、仇討ちを命じられ、延々と仇を捜して歩く。時代は幕末から明治に入るが、捜す相手は見つからない。時だけが空しく過ぎていく。もはや仇討ちを命じた藩も、江戸幕府さえもなくなってしまった。だが、志村の心は、何かを終わらせることができないでいる。
本作には、派手な殺陣もないし、復讐を成し遂げたときのカタルシスもない。心のもやもやから自己を取り戻すことがこの物語の中核だからだ。
志村金吾を演じる中井貴一、金吾が追いかけ続けた刺客の佐橋十兵衛を演じる阿部寛。安心して見ていられるふたりの安定感はさすがだ。追う者と追われるものがある雪の日に出会う。素性を明かさぬまま、人力車を引く追われる者と、人力車に乗る追う者。追う者はどう動くのか。緊張感がみなぎる。
久石譲の音楽は平板にも思えるが、手慣れた手法で要所要所を盛り上げる。
(2014年9月30日午前10時5分、八丁座弐)(矢澤利弘)
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