
一言で言えば「うまい」。パオロ・ヴィルズィ監督の『人間の値打ち』(Il capitale umano)は、あるひき逃げ事件を巡って交錯する2つの家族の人間模様を3人の登場人物の視点から4つの章にわけて描いている。
2008年の『見わたすかぎり人生』(Tutta la vita davanti)を見たときもやはり「うまい」と思ったが、やはり今回も見た直後の感想は「うまい」であった。パオロ・ヴィルズィ、恐るべし。
2014年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では最優秀作品賞をはじめ、7部門を制覇、2015年の米アカデミー賞外国語映画賞のイタリア代表というのもうなづける。
アメリカの小説家ステファン・アドミンの「Human Capital」を脚色し、4つの章にわけて物語を構成し直したのは監督と共同脚本家のフランチェスコ・ブルーニとフランチェスコ・ピッコロ。原作よりもむしろ映画のほうが小説的な構成になっているのが面白い。
邦題の「人間の値打ち」だが、経営学調に「人的資本」とするよりは、映画の内容からすると的を得ているだろう。
ロンバルディア州ブリアンツァが物語の舞台。そこで不動産屋の家族と裕福な投資家の家族が対比して描かれる。撮影監督ジェローム・アルメラの冷たいキャメラが北イタリアの雰囲気を的確に写し取っている。
人間には必ずといっていいほど、表面の顔と裏の顔があるものだ。登場人物たちの行動を同時並行的に時系列で描かず、ひとりひとりの行動を、章をわけて描いていくことで、表の顔のみならず人の裏の顔を詳細に描くことに成功している。
決してスリラーやミステリーではないのだが、このような構成を採用することで、事件の真相は何か、という興味が最後まで残り、冗長な部分がなく、緊張感が持続する。やはり「うまい」作品なのだ。
(2015年5月2日10:20、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭)(矢澤利弘)
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