スイミングプールの少女


 子育ても大変だが、心を病んだ者の介護も大変だ。自分を犠牲にしなければとてもやっていけない重労働である。ランベルト・サンフリーチェ監督の『スイミング・プールの少女』は、小学3年生の弟と心を病んで失業中の父親を持つ17歳の少女の運命を描く。

 物語性が希薄で、明確に各シーンの意味を表現しようとしていないため、ぼやっとした印象で映画が進む。映像も観念的な部分が多々あるため、不完全燃焼のままエンディングを迎えるように見えるかもしれない。ただ、この映画は詩のように繊細な作品なのだ。

 主人公のジェンニは、高校でシンクロナイズド・スイミングをやっている。大会に出場して優勝するのが夢だ。しかし、母親が死に、父親と弟の面倒を一人で見なければならなくなる。高校を辞め、寂れたスキー場のホテルで職を得るが、夢は諦めきれず、彼女の不満は大きくなる一方だ。苦行に黙々と耐える根性ドラマではないので、少女はいつも不満ばかり言っている。そこが感情移入しずらいという見方もあるだろう。

 部分部分のエピソードは力強いイメージを持っている。例えば、弟がスーパーマーケットでぐずぐずしいたため、ジェンニがバスに乗り遅れるというどういったことのないシーンがあるが、実にこのシーンは印象的に撮られていた。監督によると、この映画の主人公が誕生したきっかけは「何年か前の冬に、母親にしてはずいぶん若い少女が、嫌がって暴れる幼い子どもを無理矢理バス停に引っ張っていくのをみかけた」という記憶なのだという。こうしたエピソードのつながりが詩的に連鎖して出来上がったのが本作なのだ。


(2015年5月3日16:20、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭)(矢澤利弘)