いつだってやめられる


 いくら優秀な研究者だとしても、その能力が生活の安定に結びつかないのは万国共通のようだ。シドニー・シビリア監督の『いつだってやめられる』は、大学のポストを失った神経生物学者が、かつての学者仲間と合法ドラッグの製造販売に乗り出すというコメディーである。

 高学歴ワーキングプアという言葉があるように、いくら高学歴であったとしても、研究者として安定したポジションを得ることはなかなか難しい。うまく職を得ることができすに、社会の片隅に追いやられていく者も多いのが現実だ。中華料理屋で皿洗いをする化学者、ポーカー賭博で当てようとする経済学者、ガソリンスタンドで働く哲学者など、この映画には、才能と知識がありながら、不遇な状況に追いやられている研究者が多く登場する。彼らのような境遇にある研究者は現実の世界でも決して少ない数ではない。

 そんな彼らが自分の専門分野を生かして、犯罪集団まがいのことをして大金を手に入れる。例えば、黒澤明の『七人の侍』に代表される典型的なプロの仕事人集団の物語であり、実に痛快な展開だ。ただ、仕事人といってもみんなどことなく現実離れした思考をするのが、いかにも理屈っぽい学者像を活写しており、見ていて楽しくなってくる。

 1981年生まれのシビリア監督は、短編映画を何編か撮った後、本作が長編デビュー作となる。80-90年代のイタリア喜劇映画をベースにしながらも、アメリカの映画やドラマから自分自身が受けた影響を無理に排除しなかった。彼もアルバイトで生計を立てながら映画を撮っているという。周囲からは、好きなことをやっているから食えなくても仕方ない、とみられるという状況は、映画業界と学術の世界で共通の問題なのかもしれない。

(2015年5月4日13:20、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭)(矢澤利弘)