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グスタフ・マーラーの曲は矛盾に満ちているといわれている。そんなマーラーの曲が流れるワン・ウェイミン監督の『その夏に抱かれて』は、教授にレイプされた音楽大学の女子学生の複雑な心の動きを描いている。

実話をもとにした作品で、ウェイミン監督の長編デビュー作である。もっとも、ウェイミン監督は、20歳のときから2000年までエドワード・ヤン監督の現場で仕事をした経験がある。その後、インディペンデントで2本のテレビ映画を撮った。それから長編映画の制作に入り、6000万円を投入した段階で製作会社が破綻した。6000万円のうち、3000万円は監督自身が借金した金だった。映画製作に失敗して絶望し、映画界を離れてCMの世界に入った。2010年、CM業界では10年のキャリアになっていた。その頃、この映画の法廷シーンにも出演している友人の弁護士から自分が扱っている事件の話を聞いた。ふと、自分の人生を振り返ってみて、映画を取ろうと決心した。CM撮影で蓄えてきた資金を投入して作ったのが本作である。

母親とうまくいっていない22歳のバイは、期待を抱いて地方の音楽大学に入学する。しかし、教授のリーにレイプされて以降、精神を病んでいく。ボーイフレンドが怒りのあまり、教授に襲いかかったり、訴訟事件に発展したりと、周囲が騒がしくなっていく。はたして、バイは教授を憎んでいるのか、それとも愛しているのだろうか。

定型的なレイプ事件とその訴訟を扱ったドラマではない。女子学生は複雑な家庭環境から逃れ、自分探しのために、地方の大学という新天地にやってきた。そこで教授に出会い、ひきつけられた。単純な師弟関係に見えるが、それは権力のある男性と、彼に評価される女性という人間同士のぶつかり合いがみえてくるのである。

法廷劇。教授の妻は弁護士であり、夫の弁護を引き受ける。女子学生の代理人となった弁護士ファンは意地をかけて法廷に臨む。日本でも活躍していたビビアン・スーが貫禄たっぷりに弁護士ファンを演じる。「彼女は20代、30代で様々な経験をしてきた強い女性であり、スターに出演してもらうことで、映画の内容をよりよく伝えることができると思った」(ウェイミン監督)というところからの起用だ。

各ショットの画面設計は見事であり、的確に作り込まれた映像が映画全体に緊張感を与えている。やはりリー・ピンビンの撮影はすばらしい。

(2015年9月20日午後1時15分、ユナイテッドシネマキャナルシティ13、13番スクリーン、アジアフォーカス福岡国際映画祭)(矢澤利弘)

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