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 10月3日の夕刻から4日の明け方にかけて、山梨県北杜市白州町で「夜空と交差する森の映画祭2015」が開催された。

 夜空と交差する森の映画祭は、自然に囲まれた大規模な公園内に設営した複数のスクリーンで、夕刻から翌朝にかけてオールナイトで映画を野外上映するイベントで、今回が2回目。最近、映画の野外上映会が増えているが、この映画祭では、森や川、岩場などの多様な地形や自然環境に合わせて設営した複数のスクリーンで上映されている映画を、参加者が自由に見て回ることができる。これは、複数のステージでライブが同時進行する形式の音楽フェスティバル(音楽フェス)と共通したスタイルであり、この上映会は日本初の野外映画フェスと銘打っている。

 前年開催された第1回目の映画祭は、埼玉県秩父郡にあるキャンプ場「フォレストサンズ長瀞」が会場だったが、2015年の映画祭では、前年とは開催地を変更し、山梨県北杜市白州町にある白州・尾白の森名水公園「べるが」が会場に選ばれた。自動車で来場する場合、都内からであれば中央自動車道経由で新宿から会場まで約2時間強の時間で到着することができる。

 映画の上映は一般に、映写機から投射される光をスクリーンに映し出すことによって行われる。映画館やホールといった静かで真っ暗な空間の中で、観客は椅子に座って静かにスクリーンからの反射光を見つめることが映画を鑑賞するときの基本姿勢であろう。映画の上映には本質的に暗闇と静寂が求められ、にぎやかな祭りの喧噪とは対立するものである。

 だが、映画の上映は屋内に限られるわけではない。映画の野外上映は従来から広く行われており、映画祭においても、企画の一つとしての野外上映はしばしば見受けられる形態である。例えば、スイスのロカルノ国際映画祭で開催される大規模な野外上映はこの映画祭の呼び物である。映画祭の期間中、町の中心にある広場、ピアッツア・グランデには巨大なスクリーンが設置され、毎晩開催される上映会では、5000人規模の観客が野外でスクリーンと対峙する。通常の屋内映画館のように理想的な環境とは言えない野外上映会に、なぜ人は惹きつけられるのだろうか。夜空と交差する森の映画祭を通じて、映画の野外上映について考えてみたい。

 今年の夜空と交差する森の映画祭は、「映画鑑賞から映画体験へ。」というコンセプトを打ち出し、それぞれ特有の世界観を持つステージが制作されていた。長編映画の上映やステージ企画を行うメインステージと短編映画を上映する3つのサブステージという構成は前年の映画祭と同様だが、サブステージについては、ホラーやファンタジーなどを中心としたミステリーフォレスト、ラブコメディやヒューマンドラマを中心としたロマンチックバレー、アクションやSFなどを中心としたバーニングスクエアの3つを設置し、それぞれのステージは上映する映画の各々のテーマに合わせてデザインされている。


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メインステージとなったミッドナイトガーデン。入り口には上映されたティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』の劇中に出てくるあるシーンが再現されている。

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ホラーやファンタジーなどを中心としたミステリーフォレスト。幻想的なセットで構成されている。

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ラブコメディやヒューマンドラマを中心としたロマンチックバレー。何組かのハンモックも設置されていた。

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アクションやSFなどを中心としたバーニングスクエア。会場内の焚き火が暖かい。

 当日は予定より少し遅れの午後3時半過ぎに開場となり、午後6時半から上映が開始された。椅子はないため、参加者は各自レジャーシートなどを敷いて場所を確保することになる。

 安全面の確保に費用がかかるため、今年の入場券は1人あたり8800円と、昨年よりも値上げとなった。実際、小川の流れる広大な森は、深夜ともなると安全な場所とは言い切れない。そのため、会場内の要所要所に多くの警備員が配置されていた。前年は会場内のトレーラーハウスとコテージでの宿泊が可能だったが、今回の映画祭では、キャンプをするスペースが有料で用意され、テントを持ち込んでの宿泊も可能となった。


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オープニングでは映画音楽のライブ演奏が披露された。


 夜空と交差する森の映画祭は、野外ロックフェスティバルと類似した形式を採用している。複数のスクリーンで同時に、それぞれ異なる作品を上映するのはフジロックフェスティバルやサマーソニックなどの大規模な野外音楽フェスが複数のステージで、それぞれ異なるアーティストが同時間帯に並行してライブを行うのと同じ形式である。また、野外のキャンプ場という場所や夜通しでの開催というスタイルについても、野外音楽フェスに共通するものがある。

 複数のステージを設けることで、参加者は4つのステージ間を自由に移動することになる。そのため、参加者は集中して映画を見るだけではなく、自然に触れ合ったり、参加者同士で交流したりすることができる。それぞれのステージは、普通のスクリーンが張られているだけではなく、上映される作品のジャンルやテーマに合わせてステージがデザインされており、会場そのものの雰囲気を楽しめるような工夫がされている。


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参加者は暗い夜道を歩いて各ステージ間を移動する。道の両脇に設置された電池式のランタンが飛行場の誘導灯のようで、移動すること自体がスリリングで楽しい。


 4つのステージでは、同じ時間に並行して別々の映画の上映が行われるため、長編作品だけの上映であれば、各ステージを移動する機会が少なくなってしまう。そのため、メインステージ以外の上映作品は短編映画が主となっている。同映画祭では、上映する短編映画にはインディーズ系の作品を積極的に取り入れており、新人の発掘や認知拡大を図ろうとしている。ただ、作品のコンペティション形式は採用しておらず、賞の授与などはない。


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会場内に設置されたメッセージボードはすぐに書き込みでいっぱいとなった。


 それでは、野外上映型映画祭は、観客や地域に対して、どのような機能を有しているのだろうか。まず、映画の野外上映は、映画鑑賞の堅苦しさを払拭する機能を持つ。映画は静粛に見なければならないという一般的なルールをある程度緩めることによって、野外上映会は映画鑑賞に関するハードルを下げることになる。かつてフランスの映画批評家アンドレ・バザンは、映画祭を修道院的と呼んだが、そうした敬虔な雰囲気から映画鑑賞を解放し、文字通り映画祭に「祭り」の雰囲気を作り出す。

 二つめは、映画鑑賞体験に地域性を付加するという機能である。映画館や屋内のホールといった場所で開催される上映会と比べ、特徴的な景観と相まって野外で上映された映画については、単に「映画を見た」という記憶のみならず、「映画をどこでどのような環境で見たのか」という体験を観客に強く認識させることになる。こうした形態での映画上映によって、地域性が映画に付け加えられ、DVDやシネコンでの映画鑑賞では体験できない唯一無二の臨場感を観客に与えることになる。これは、映画祭を開催する地域に新たな魅力を付加しているといえるのではないだろうか。

 三つめは、野外上映型映画祭は、参加者にとって他者とのコミュニケーションを図る場として機能する。野外上映型映画祭は、静粛に映画を鑑賞するだけではなく、積極的に、にぎわいを生み出すような装置になっているといえる。夜空と交差する森の映画祭では、森や川、岩場などの景観豊かな場所で複数のスクリーンを設置して、映画鑑賞や飲食を行うことにより、多くの映画や人との出会い、ステージ間を移動する楽しみを味わうことができるように工夫されている。

 四つ目は、野外上映型映画祭においては、普通の映画館での映画鑑賞とは異なり、「映画を楽しむ」だけでなく、参加者は、「映画祭の会場の雰囲気そのものを楽しむ」ことができるということである。野外上映型の映画祭では、映画上映だけでなく、映画以外のエンターテインメント的な要素も重視している。観客は、映画を見るという行為を楽しむだけではなく、映画祭という空間を楽しむために同地を訪れるケースも少なくない。夜空と交差する森の映画祭のコンセプトは「映画鑑賞から映画体験へ。」である。これは主催者自身が、映画鑑賞を含めたトータルな空間プロデュースを志向していることを示しているのだろう。これは入場チケットが、当日上映する映画のラインナップが発表される前から、売れ切れに迫る勢いの売れ行きを示したことからも理解し得る。


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飲んだり食べたりしながら、映画祭という空間を楽しむことができる。



 映画祭は午前5時まで続く。午前2時を過ぎてくると、さすがに冷え込んでくるため、テントに戻って休む者、寝袋にこもって仮眠する者など、会場はだいぶ落ち着いてくる。満天の星空の下、2300人もの参加者が森のなかのスクリーンで映画を見る風景。映画祭の代表を務める佐藤大輔氏によると、今回の会場を決めるために40カ所の候補地を見て回ったという。次回の開催は未定だが、毎回、会場を変えていきたいとのことだ。ぜひ来年の開催も期待したい。


(2015年10月3日〜4日、白州・尾白の森名水公園「べるが」、夜空と交差する森の映画祭2015)(文・写真:矢澤利弘)