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この映画を見た後は、無性にキューバ・サンドイッチが食べたくなるだろう。12月4日まで広島市のサロンシネマで開催されている「食と農の映画祭2015inひろしま」の1本、ジョン・ファヴロー監督の『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』は、腕利きシェフの起業物語である。

何しろ製作、監督、脚本、主演を兼ねているだけあって、ジョン・ファヴローのこの映画に対する入れ込み方は尋常ではない。

料理人というものは芸術家と同じだ。いや、同じというよりは芸術家そのものだろう。ロサンゼルスにある人気レストランの一流シェフである主人公は、オーナーや料理評論家とケンカして、ボロボロのトラックを改造してキューバ・サンドイッチの移動販売を始める。

ケンカの始まりはこんな経緯からだ。新しいメニューを開発して影響力のある料理評論家を迎えたいシェフに対して、オーナーはメニューを変えずに定番メニューを出せと命じる。そのせいで、評論家からは古臭くて革新性がないと酷評される。万全のメニューを揃えて批評家とリターンマッチをしようとするシェフに対して、またもやオーナーは定番メニューを作れと指示する。シェフはブチ切れ、オーナーとも評論家とも犬猿の仲となる。

まさに芸術家なのだ。ひとたび高い評価を受ければ、芸術家のスポンサーは同じ作風で作品を作るように要求する。そして、評論家からの酷評は芸術家の神経をすり減らす。まさに、この映画のシェフは、冒険したいけれども、世間がそれをさせてくれない悩める芸術家そのものである。

たとえ誰も雇ってくれなくても、実力と勇気があれば、自分で仕事を始めればいい。そうすればお客さんは付いてきてくれる。チャンスの国、アメリカらしいストーリーである。離婚して離れて暮らす一人息子との交流、そして批評家との思いがけない和解。美味しい料理と暖かい人たちがいれば、それだけで人生は楽しい。そんなほのぼのとする一品だ。

(2015年11月28日午後14時30分、サロンシネマ、食と農の映画祭2015inひろしま)(矢澤利弘)