
日本酒造りには高度な職人芸が要求される。そして日本酒造りは人間の思い通りにはならない。なにしろ相手にしなければならないのは麹菌や酵母菌なのだから。石井かほり監督の『一献の系譜』は、石川県能登半島の出身で、古来より日本酒を作り続けてきた技能集団の能登杜氏を描いたドキュメンタリー映画である。
現在の吟醸酒の礎を築いた能登四天王と呼ばれる四人の杜氏をメーンに、彼ら全員を師と仰ぐ現役の杜氏、さらには彼らを目指す若手をカメラは追う。
日本酒の製造過程をしっかりと説明しているので、教育文化映画的な色彩がないわけではない。そのため、若干回りくどく感じる部分がある。しかし、研ぎ澄まされた日本酒を作るのは長い経験と修行が必要だということを描くためには、酒造りの基本をしっかりと説明しておく必要があるのだろう。
雑菌が混じれば酒が腐る。酒が腐れば、蔵元は潰れるといわれる。それだけに、酒造りは毎年の一大事業なのだ。今年の酒は計算通りに出来上がるのだろうか。きちんと日本酒が出来上がるかどうか、それはスリリングですらある。酒造りをこんなにエキサイティングに描けるとは予想外だった。
(2015年11月29日午後12時5分、サロンシネマ、食と農の映画祭2015inひろしま)(矢澤利弘)