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我妻和樹監督(右)と山田徹監督(左)

第3回グリーンイメージ国際環境映像祭が23日から25日まで、東京日比谷の日比谷図書文化館で開催されている。23日は広島の原爆と福島の原発事故を合わせて描いた「太陽が落ちた日」、東日本大震災の津波で壊滅した小さな漁村の震災前の3年間日常を追った「波伝谷に生きる人びと」、震災後の福島県の漁師たちを3年かけて撮影した「新地町の漁師たち」のドキュメンタリー3本が上映され、トークセッションが開催された。


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『波伝谷に生きる人びと』


我妻和樹監督の『波伝谷に生きる人びと』は、東日本大震災の津波で壊滅的な打撃を受けた宮城県南三陸町の小さな漁村波伝谷(はでんや)を2008年3月から2011年3月11日にかけての日常を追ったドキュメンタリー作品である。大震災後に撮影を開始した作品ではなく、撮影後、偶然にも震災に遭遇しただけに、この部落に住む人びとの日常と震災後の部落との対比が生々しく訴えかける。

我妻監督は東北学院大学在学中の2005年から大学でのフィールドワークの一環でこの部落を3年かけて調査、報告書の完成とともに大学を卒業したが、この土地やここに住む人びとに魅力を感じ、その後の3年間、個人で波伝谷での映画制作を行った。

「撮影に入る前は文章で報告書を書いていたので、住民からは最初は調査の延長だと思われていた。自分の自信のなさが遠慮とか曖昧な距離感になった。ドキュメンタリーで時間を重ねたからといって決してそれが良いというわけではない。撮影対象とのテンションを持続させるのが難しかった。3年目になってようやく自分がいったい何をしたいかということを打ち明けられるようになった」と我妻監督は話す。

映画では、現地住民の互助的な結びつきである「結(ゆい)」や「契約講」といった古いシステムが描き出される。地域の結びつきが強いということには、いい面もあれば、わずらわしい面もあるだろう。その土地に生きる人びとの関係性が複雑に絡み合いながら、それぞれの人びとはそれぞれの役割をもって生きているのだ。

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『新開地の漁師たち』


一方、山田徹監督の『新開地の漁師たち』は、福島県新開地の漁師たちを2011年から3年半に渡って追ったドキュメンタリー。汚染水対策の地下水バイパス計画を巡る容認派と否定派の丁々発止など、緊迫感のある映像で漁業を奪われた漁師たちの日常を描いている。

山田監督は次のように語っている。「最初は(現地の人を)誰も知らなかった。最初は漁師さんを撮るつもりはなく、まんべんなく撮るつもりだったが、海のことに興味が移った。最後のほうになると、カメラの距離感も近くなった。僕自身が被災地に何度も足を運ぶことで漁師さんたちが何を考えているのかがわかるようになった」。

東京は物質的に豊かだが、自立を強いられる。被災地に行ってみると、特に仮設住宅は人の関係が密すぎるのだという。

類似したテーマのドキュメンタリー作品を続けて見てみると、共通した危機意識が発見できる一方、人びとそれぞれが直面する様々な問題点も浮かび上がってくる。


(2016年3月24日、午後3時30分、日比谷図書文化館)(矢澤利弘)