
人間というもの、ありのままでいるのが一番いい。ラウラ・ビスプリ監督のデビュー作『処女の誓い』は、生涯独身を誓い、男性として生きることを選んだアルバニア人の女性が自分自身を再発見していく物語だ。
欧州諸国のなかでも最貧国と言われている(言われていた)アルバニアだが、そこには「宣誓処女」という制度があるということにまず驚かされた。北アルバニアの村では、女性の存在価値が低く、自ら進んで男として生きる女性が存在したという。
姉妹として育ったハナとリラ。リラは恋人と駆け落ちし、ハナは女性としての容姿を封印し、マルクという男性名を与えられる。孤独な生活の末、ハナ(マルク)はミラノに住むリラ夫婦を訪れる。夫婦の娘との交流や男性との接触を通じて、ハナは本来の自分を取り戻していく。
この映画の山間部のシーンは北アルバニア、町のシーンは北イタリアで撮影された。この映画は主人公の女性を通じた「旅」を描いているのだろう。アルバニアの山間部や北イタリアを行き来する旅でもあり、アルバニア語とイタリア語という二つの言語を行き来する旅でもある。
主演のアルバ・ロルヴァケルが強烈な個性を発揮している。ビスプリ監督によると、彼女を主演にすることは脚本の段階から念頭に置いていた。彼女は役作りのために肉体を改造するのが得意であり、そのため、女性から男性へという肉体の変化を通じて、内心の変化も見せられると思ったからだという。そして、アルバ自身もこの役を愛してくれたのだという。アルバは、外見を変えるだけではなく、内面も監督と一緒に作り上げていった。
アルバニア人であり、中性的であり、山間部に生きているというハナという役をアルバという女優に演じてもらうのは、ビスプリ監督にとって一つのチャレンジだった。アルバはフィレンツェ出身のイタリア人女優。最初は、アルバニア人を起用することも考えたがそうはしなかった。アルバは、信頼感を大事にする女優で、いったん信頼を得てしまえば、撮影はスムーズだった。「彼女と私の間に共生関係ができ、楽しかった」とビスプリ監督は打ち明ける。
アルバニア人で現在はアメリカで暮らすエルヴィラ・ドネスの同名小説がこの映画のベースとなっているが、原作から自由に発想を得て、自分自身を多く投影してストーリーと設定を大胆にアレンジした。男性と女性、富める国と貧困な国、この映画には様々な二項対立が描かれてはいるが、「カギとなるのはハーモニー(調和)だと気がついた」ため、対立を強調するのはやめようと思ったとビスプリ監督は強調していた。
(2016年4月29日午後12時、有楽町朝日ホール、イタリア映画祭2016)(矢澤利弘)
