1

 近年、野外上映を行う映画祭が増えている。ちょっとした野外上映ブームのなか、若年層を中心に絶大な人気を集めているのが、10月8日の夕刻から9日の明け方にかけて、山梨県北杜市白州町の白州・尾白の森名水公園「べるが」で開催された「夜空と交差する森の映画祭」だ。

 この映画祭は、自然に囲まれた大規模な公園内に設営した複数のスクリーンで、夕刻から翌朝にかけてオールナイトで映画を野外上映するイベントで、今回が3回目。前回に引き続き「べるが」が会場となった。参加者は、森や川、岩場などの多様な地形や自然環境に合わせて設営した複数のスクリーンで上映されている映画を自由に見て回ることができる。


 会場へのアクセスは自動車のほか、東京・新宿からの映画祭専用バスやJR小淵沢駅からのシャトルバスが用意されている。

 天候の影響で、開場は予定の午後3時から少し遅れたが、スムーズに入場が始まった。

2
小雨を気にしながら開場を待つ人々


 今回のテーマは「ゆめうつつ」。この世界観で統一された4つのステージで長編短編合わせて57本の映画が上映された。長編映画の上映やステージ企画を行うメーンステージと短編映画の上映が中心の3つのサブステージで構成されているのは前回の映画祭と同様だが、それぞれのステージのデザインは「ゆめうつつ」のコンセプトのもと、前回と比べて大きく刷新されていた。

 すべてのゆめの生まれし聖地という位置付けのメーンステージ「ゆめがうまれる場所」では『アメリ』や『ソラニン』などの長編映画の上映やステージ企画が行われたほか、「お風呂のすいへいせん」では、さわやかで可愛らしい短編映画、「ぼくの押し入れ」ではやんちゃで明るい短編映画、「みしらぬ駅」ではホラーやサスペンスといった短編映画を上映し、それぞれのステージはコンセプトに従ってデザインされている。

 当日は小雨が降るなかでの幕開けとなった。悪天候が懸念されたが、各会場には多くのレジャーシートが敷かれ、メーンステージは
上映開始前にはほぼ満席状態に。多くの観客が映画上映に臨んだ。

3
小雨の降るなか、レジャーシートを敷いて上映開始を待つ観客たち

4
オープニングにはASA-KURAによる映画音楽の演奏が披露された


 オープニングの映画音楽の演奏と映画祭代表の佐藤大輔氏の挨拶のあと、メーンステージの「ゆめが生まれる場所」では、『アメリ』、『ソラニン』、『パプリカ』、『TOKYO INTERNET LOVE』の長編4本の上映とトークショーなどが行われた。


yume
挨拶する映画祭代表の佐藤大輔氏

 並行して、3つのサブステージでは短編映画の上映が行われた。ステージ「お風呂のすいへいせん」は、森のなかにスクリーンが設置され、女性が休日に湯船に浸かりながらうとうととしてみた夢をテーマにしたデザインで、観客をゆめの世界観に誘う。

ofuro1
ステージ「お風呂のすいへいせん」の森のなかのスクリーン


ofuro2
「お風呂のすいへいせん」のスクリーンを崖の上から見下ろすと幻想的な風景が広がる


ofuro3
撮影スポットとしてバスタブが用意されており、夜の映画上映時にはシャボン玉が発生する仕組みだ


 ステージ「ぼくの押し入れ」は、
元気な男の子が押し入れの秘密基地でうたた寝をしてみた夢がテーマで、ステージ周辺には押し入れのふすまなどの大道具が設置され、ステージ全体が大きな押し入れのなかのような雰囲気を出している。

oshihire1
「ぼくの押し入れ」ステージ周辺に設置されたふすまのオブジェ



oshiire2
「ぼくの押し入れ」のスクリーン


oshiire3
日没後、上映の合間の「ぼくの押し入れ」のステージ


 疲れたサラリーマンが終電の頃電車で座ってみた夢をテーマにした「みしらぬ駅」は、いかにもホラーやサスペンス映画を上映する会場にふさわしいデザインになっていた。

eki1
赤い布が張り巡らされたスクリーンがサスペンス感をあおる


eki2
 ステージ内の木々にはろうそくがデコレーションされている


eki3
ステージ内にはホラーチックな雰囲気をそそる大道具が設置されている


eki4
夜間の上映時間には木の枝に吊るされた電飾のロウソクが灯される

 映画上映だけではなく、この映画祭のもうひとつの主役は飲食といってもいい。カレーやタコス、ドリンクなど、森の映画祭というコンセプトのもと、趣向を凝らした料理が販売されていた。1つづり1500円のチケット制で、スペアリブや森の生ビールなど、早々に売り切れとなるメニューもあった。また、アロマキャンドル作りなど、有料のワークショップも開催されており、映画鑑賞の合間に様々なアクティビティを楽しむことができる。


beer
抹茶シロップを入れた森の生ビール

rib1
名物のスペアリブは早々に売り切れとなった

stuff
飲食ブース「森のカフェレストラン」のスタッフたち

 4つのステージは離れた場所にあり、映画の音が別のステージまで届くことはない。また、それぞれのステージで上映される短編映画の上映と上映の間の休み時間も比較的長く取られているため、観客は各ステージを自由に行き来しながらす、自分の見たい映画を選んで見ることができる。参加者は夜間の山道を歩いて移動することになるが、4つのステージをつなぐ道にも工夫が凝らされている。

 日没後の森には電灯などがなく、真っ暗な状態になるため、歩道の脇には小さなランプが数多く設置され、参加者が移動する際の目印となっている。暗くなってくると小さなランプが空港の誘導灯のように感じられ、おしゃれな気分を味わうことができる。


michi2
山道の両サイドには小型のランプが多数設置され、夜道の参加者を誘導する

michi6
夜道を照らすランプ

 また、道の各所にはフォトスポットやメッセージボードなども設置されており、参加者が移動する際にも退屈することがない。

michi4
道の途中に設置されたベッド。ここで記念写真を撮ることができる。

michi1
参加者が自由に書き込めるメッセージボード

michi3
道の途中にぶら下げられるように設置された傘。日没後はライティングされる

michi5
日没後、闇夜に光る傘のオブジェ

 映画の上映は午後6時半から翌朝5時まで続けられる。夜通し映画を鑑賞する参加者も多いが、夜も更けてくると気温が下がってくるため、テントを張って休憩するグループや公園内のバンガローを借りて仮眠を取るグループもいる。

camp
会場内にはテントを張るためのスペースが用意されている(入場料とは別料金)

 第1回の夜空と交差する森の映画祭は雨天のため、明け方近く、終了時間直前に中止となった。今年の映画祭も小雨が降ったり止んだりといった状況で、決してよい天候とはいえなかったが、無事に全プログラムが上映され、午後5時頃に映画祭は終了した。

 それでは、今年の夜空と交差する森の映画祭を振り返ってみたい。回数を重ねるごとに、この映画祭の参加者は増加している。広報宣伝が一層充実したことに加えて、映画祭の良い評判が広がったことや、前年度までの参加者が新しい参加者を誘って参加したということもあるだろう。今回も特典付きチケットが早期に売り切れとなるなど、森の映画祭自体が一定のブランド力を獲得したといってもよい。
 
 そもそも、野外上映型映画祭が観客をひきつける要因は何だろうか。通常の映画祭であれば、観客をひきつける一番の要因は上映作品だといえる。人を魅了する強力な作品を毎年上映していれば、その映画祭の評判は上がり、観客も増加していくだろう。

 それに対して、野外上映の映画祭の場合、人々をひきつけるのは映画作品のみならず、映画上映の環境そのものだったり、飲食などを含めた会場全体の雰囲気だったりする。むしろ、映画の内容よりも、野外という開放された空間で多くの人々と一緒に映画を見るという高揚感こそが野外上映型映画祭の本質的な魅力なのではないだろうか。

 そうだとすれば、野外上映型映画祭は毎回新しい映画をプログラミングして上映するだけでは十分だとはいえない。映画祭が提供する世界観や仕掛け、上映以外のアクティビティなどを毎回変化させていくことが必要である。リピーターとなった観客は次回の映画祭には新しい上映作品を求めると同時に、新しい映画祭のフォーマットを期待するからだ。

 今回の夜空と交差する森の映画祭は、前年と同じ会場で開催され、多くの部分が前回の映画祭のフォーマットを踏襲するものだった。たが、その世界観や各ステージのデザインなど、前回とは多くの点で違いが見られ、映画祭が確実に進化してるということをうかがわせた。変わらないものを残しつつ、どこまで冒険して新しいスタイルを取り込んでいくか。映画祭運営にはそうしたバランス感覚が求められよう。
 
gate
映画祭の世界観を示すかのような入場ゲート

前回2015年の映画祭のようすはこちらから。


(2016年10月8日18時30分〜9日5時、白州・尾白の森名水公園「べるが」、夜空と交差する森の映画祭)(矢澤利弘)