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広島テレビが1969年に制作した原爆を題材にしたドラマ「碑」についてのレクチャー『「碑」から「いしぶみ」へ』が21日、広島県広島市の広島市映像文化ライブラリーで開催された。「碑」は原爆投下70周年にあたる2015年に是枝裕和監督によって「いしぶみ」としてリメイクされている。レクチャーでは、リメイク版の制作統括を務めた広島テレビ常務取締役報道制作担当コンテンツ本部副本部長の小出和昌氏と同プロデューサーで広島テレビコンテンツ本部報道制作局長の佐藤宏氏がドラマ制作の裏側を振り返り、「碑」が上映された。

「碑」は、旧制広島第二中学校1年生の記録である。原爆投下後、321人の生徒の全員が数日のうちに亡くなった。ドラマでは子供たちの遺族の手記が朗読されていく。映画監督の松山善三が構成を手がけている。

「碑」が制作された当時は、大学紛争が下火となり、「8時だヨ!全員集合」などのバラエティ番組の創成期だった。そのような環境にもかかわらず、1969年10月19日(日曜日)の午後5時から放送された「碑」は、視聴率9.7%と健闘した。

「碑」はその実験性と前衛性でテレビ史に名を残す。当時のテレビ番組としては珍しくドリーショットが多用され、9分間もの長いショットがあるなど映像面に新規性があり、広島県出身の女優杉村春子が淡々と朗読を続けていくという構成も視聴者に衝撃を与えた。1969年度の芸術祭優秀賞をはじめ、第7回放送批評家賞(現・ギャラクシー賞)などを受賞、当初は日本テレビ系21局での放送だったが、最終的に系列外を含め計44局に放映は拡大し、デンマークやスイスでも放送された。

生徒たちは原爆で全滅した。だから本人たちを登場させることは出来ない。そこで生徒たちを抽象化し、演出にあたっては、古代伝承に重要な役割を果たした語り部を登場させることにした。杉村春子が語り部となり、モノローグのドラマとして物語を展開させたのである。

原爆投下後3日目に亡くなったある少年。弱っていく息子を見て母親は「一緒に行くからね」と言う。しかし、少年は「あとでいいよ」「お母ちゃんに会えたからもういいよ」と答える。手記を読む杉村春子は思わず嗚咽する。普通だったらNGにしてしまうようなシーンもこのドラマではそのまま使っているのがより真に迫る。

企画・プロデューサーの薄田純一郎は、死者は死者として語らしめ、その死の記録を再現して残そうという意図で約半年がかりで全員の遺族を調査。消息の判明した222人を取材した。その結果、321人のうち、両親に会えたのは60数人、最後の一人が亡くなったのは原爆投下後5日目の朝だったということが判明した。

2015年版のリメイク「いしぶみ」を監督した是枝裕和は、旧作について「一切のセンチメンタリズムを拒否し、観る者の想像力を信頼。ひとつひとつの生と死を詳細に描くことで、逆にその背後の20万人の死に思いを至らせる作品」だと語っている。

リメイク版では綾瀬はるかが朗読を担当。杉村春子が子供たちの母親という位置付けなら、綾瀬はるかは子供たちの教師といった立ち位置だ。テレビ放映された後、映画版が劇場公開されている。

「碑」は番組をもとに本としても1970年に出版され、東京書籍の教科書にも掲載された。2016年12月には英語訳版が上梓された。


(2017年1月21日午後2時、広島市映像文化ライブラリー)(矢澤利弘)