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 松本和将ピアノリサイタル「世界音楽遺産ドイツ・オーストリア編 ソナタの黎明、進化、そして革命」が9日、広島県東広島市の東広島芸術文化ホールくらら大ホールであった。今回のリサイタルは、2016年5月に東京の浜離宮朝日ホールで行われた「松本和将の世界音楽遺産」シリーズ第1回ドイツ・オーストリア編の再演。ドイツ・オーストリアの音楽史に欠かせないモーツァルトとベートーヴェン、ベートーヴェンに作曲を指導したハイドンの3人の偉大な作曲家によるピアノソナタを演奏した。

 ハイドンのピアノソナタ第60番第1楽章で快活に音楽会の幕が開けた。
演奏者本人による明快な曲目解説が松本のリサイタルの特徴的だ。プログラム前半は、古典派のソナタ形式の典型的な曲が続く。「ソナタ」は、モーツァルトやベートーヴェンの古典派の時代に始まったものではなく、また、ソナタ形式がソナタとイコールではない。「ソナタ」はバロックの時代には、歌がなく楽器だけで演奏するちょっとした小さな曲のことを指すものだったが、時代とともにその形が変わっていった。バッハのバロックの時代からモーツァルトの古典派の時代まで約80年間あるが、その間に、ソナタは形を変化させた。ソナタ形式と呼ばれる手法で書かれた第1楽章は多くの作曲家が他の楽章よりも精魂込めて作ることが多かった。そしてゆっくりで叙情的な第2楽章、踊りの楽章、早い楽章と展開されることが多かった。

 2曲目は、モーツァルトのピアノソナタ第9番。この曲は、モーツァルトが作曲した全18曲のソナタのうちわずか2曲しかない短調の曲のうちの1曲だ。明るいイメージの曲が多いモーツァルトが作ったとは思えないような、悲しく憂いを帯びた、しかし美しい思い出をイメージさせる。

 3曲目は、ベートーヴェンのピアノソナタ第3番。この曲は、冒頭に演奏した、ハイドンのピアノソナタ第60番とほぼ同時期に同じハ長調の曲としてベートーヴェンが作ったもの。2人は子弟関係にあったが、それぞれの曲が全く異なる雰囲気をもっている。元気な第1楽章、おそらくかなわぬ恋を歌った第2楽章、踊るような第3楽章、第4楽章という構成になっている。

 休憩をはさみ、4曲目はモーツァルトのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」。同時代の曲では、第1楽章が圧倒的に充実した音楽となることが多かったにも関わらず、モーツァルトはソナタ形式を使わず、あえて第3楽章にトルコ行進曲を入れている。トルコ行進曲がなぜ第3楽章に出現したのかという点については、モーツァルト本人の言葉も残っておらず、真の理由は謎のままだが、作曲された当時にこの曲を聴いた観客は、とても驚いたのではないだろうか。

 5曲目はベートーヴェンのピアノソナタ第12番「葬送」。この曲にはベートーヴェンの迷いがみられる。ベートーヴェンが最初にソナタ形式を使わずに書いた曲だ。突然葬送行進曲が出現し、最後は盛り上がりに欠けたままサラッと終わるのが特徴。この曲を通して、ベートーヴェンは本当は何が言いたかったのか、爆発しきれていない感じがある。ベートーヴェンらしからぬ終わり方は、ベートーヴェンがあえて茶目っ気をだしたのかもしれない。

 最後は、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」。「この曲を弾く為にこれまでのプログラムを組んだといってもよいくらいのメインの曲」と松本は自信をみせた。この曲にはソナタ形式が全く使われていない。当時の観客は、いつ楽しい音楽が始まるか待っていただろうが、第1楽章では延々と7分間暗い旋律が繰り返され何も起きない。観客は混乱しただろう。そして第2楽章では少し明るい兆しが見えたが、第3楽章で嵐が吹き荒れ曲が終わる。ベートーヴェンが本当に伝えたかったのは第3楽章の嵐だったはずだ。「ベートーヴェンがソナタ形式を破壊し、その後の方向性を決めることになったのが「月光」だった」と松本は解説する。

 アンコールは、ブラームスの間奏曲。しっとりとした美しい演奏で哀しい余韻を感じさせ、リサイタルの幕は閉じた。「松本和将の世界音楽遺産」ロシア編のリサイタルは11月に東京で開催予定。

松本和将:岡山県倉敷市出身。高校在学中に「ホロヴィッツ国際ピアノコンクール」第3位、東京藝術大学1年(19歳)で「第67回日本音楽コンクール」優勝。「第53回ブゾーニ国際ピアノコンクール(イタリア)」第4位、世界三大コンクールの一つ「エリーザベト王妃国際音楽コンクール(ベルギー)」第5位入賞。これまでにプラハ交響楽団、プラハフィル、ベルギー国立オーケストラ、読売日響、日本フィル、新日本フィル、東京交響楽団、東京フィルなど、多くのオーケストラと共演。世界的指揮者の小林研一郎、飯森範親、広上淳一他とも共演している。室内楽では、ベルリン四重奏団、イザベル・ファウスト(Vn.)、前橋汀子(Vn.)、宮本文昭(Ob.)、趙静(Vc,)、漆原啓子(Vn.)、渡辺玲子(Vn)、中嶋彰子(Sop.)との共演が好評を博す。これまでに17枚のCDをリリース。
 

(2017年4月9日、広島県東広島市、東広島芸術文化ホールくらら大ホール)(城所美智子)