
バイオリニスト千住真理子のリサイタルが22日、広島県広島市中区の上野学園ホールであり、兄で作曲家の千住明と共演した。ピアノは山洞智。
冒頭、水色のドレスを着た千住真理子がさっそうと登場、J.Sバッハ作曲・千住明編曲の「2つのメヌエット」でリサイタルの幕が開けた。1曲目が終わり、妹の千住真理子が舞台袖に戻ると、今度は兄の千住明がひとりで登場し「スペシャルゲストの千住明です」と自己紹介し、会場を湧かせた。
千住明は「他のアーチストのコンサートにスペシャルゲストで参加する場合には、ゲストとして迎えられるが、妹のリサイタルとなると、ゲストというより司会役もやることになる。妹の真理子は12歳からステージ上で、1人で戦ってきた。兄2人は陰ながら見守ってきたが、最初の頃は妹のことが心配で胸がどきどきして見ていられなかった。それが、あるときから、妹の動じないたくましい表情でバイオリンを演奏する姿に勇気づけられ、自分も妹のようにやりたいことをやろうと思うようになった。両親は、一生熱中できることを見つけてやりなさいと言って育ててくれた。おかげで、長男の博は画家、次男の自分は作曲家、妹はバイオリニストと3人とも今でも好きなことをやっている」と千住家の3兄妹の強い絆を感じさせるエピソードを語った。
前半は、春の訪れを感じさせる曲が続く。2曲目はモーツァルトが子どものための歌曲として作った「春への憧れ」、3曲目にベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」」を演奏した。「春」はベートーヴェンが31歳で作った曲で、晩年の壮絶な人生はまだ知る由もなかった頃の作品。若いベートーヴェンが当時のライバルだった作曲家たちの技法をたくさん取り入れて作曲したソナタで、元気でwはつらつとした平和な曲調だ。
千住真理子の使用楽器は、301年前に作られたストラディヴァリウス「デュランティ」。「バイオリンは作られてから200年から300年経った頃が旬だと言われるが、名器といわれるバイオリンの多くは、約150年前に本体に様々な補強修理が施されている。一方、妹の弾いている「デュランティ」は、長い間スイスでひっそりと保管され、演奏されて来なかったので150年前のモダンチューニングが施されていない。言って見れば300年間冬眠していたバイオリンである。300年前に作られた当時の音色がする。特に低音はチェロのような響きがするので、その音色を存分に楽しんでほしい」と兄は妹のバイオリンの音色の魅力について語った。
休憩をはさんで後半は、兄妹のトークと、兄が作曲・編曲した曲を妹のバイオリンの演奏で披露した。兄妹のトークでは、千住家の家族について語られた。「父は数学者で、いつも「パイオニアであれ、フロンティア精神を持て」と言っていた。その教えがベースにあり、仲間を求めず、一人で自分の道を切り開いてきたので同業者の仲間は少ないけれど、そのかわり、兄妹はとても仲が良い。母は2013年6月に死去。最期は子ども3人が集まって、看取ることができた。母の遺言は、「兄妹仲良くしなさい」で、長男の博が「僕たちは仲がいいよ」と応えたのが、最期の会話だった。
祖父は生化学者。大正11年にドイツに留学する際、横浜から船で出発しインド洋を回ってドイツを目指したが、同じ船にはアインシュタインが乗っていた。インド洋の月夜の下、アインシュタインが船の甲板でバイオリンを美しく奏でていたのが祖父にとっては印象的で、子どもや孫ができたらバイオリンを習わせたいと言っていた。
長男で画家の博は自由奔放で石橋をヘリコプターで渡るタイプ。次男の明は慎重で、石橋を壊して渡らないタイプ。妹の真理子は兄妹3人の中で一番「男らしい」タイプ。バイオリンのソリストは「土佐犬」のように獰猛で心が強くないとだめで、車で言えば、普通乗用車を運転するのではなく、F1マシンのドライバーのようなもの」と兄妹で家族の思い出を回想しながら、和やかに紹介した。
4曲目は千住明の「andante〜母・千住文子に捧ぐ〜」。ピアノは兄が演奏した。「この曲は母が亡くなった日の翌日に作曲し、その次の日にはスタジオで録音をし、亡くなった3日後の告別式で流した。長兄からは、すでにある曲を使うのは許さないと言われ、妹からは中途半端な曲ではだめだと言われた。母親が亡くなった翌日に1日で作曲したが、悲しむ間もなく、かえって救われる思いがした。仕事で依頼されて曲を作るのとは違い、プライベートな曲だが、無垢でなければならず、曲を作るのはとても難しかった」と作曲の背景について兄が解説した。母を想って作った曲を兄と妹で心を込めて演奏する姿に、会場からはひときわ大きな拍手が送られた。
5曲目は千住明の「ラストナイト」。1981年、千住明の処女作。自宅で祖父が亡くなったとき、その場で作曲し演奏した、家族の思い出の曲だ。続く3曲は日本の歌を千住明が編曲したもので、草川信の「夕焼け小焼け」、滝廉太郎の「荒城の月」、成田為三の「浜辺の歌」。「妹のCDにも収録されているが、CDを聴いた世界中のバイオリニストから、譜面を提供してもらえないかと問い合わせがある。日本の名曲を世界中のバイオリニストに弾いてもらっている」と兄は自信を持って語った。
最後の2曲は千住明作曲。「海を越えた贈り物」はクラレが2004年から行っている使用済みのランドセルをアフガニスタンの子どもたちに贈るボランティア活動のテーマ曲。「風林火山〜大河流々」は兄妹で演奏した。2007年のNHK大河ドラマのテーマ曲であり、サブタイトルの「大河流々」は母の文子さんがつけたもの。
会場からのアンコールに応えて、2001年のNHK朝の連続ドラマ「ほんまもん」のテーマ曲を兄妹で演奏した。コンサート終了後のサイン会にも兄妹で応じた。廿日市市から来たバイオリン演奏が趣味という女性は、購入した2枚のCDそれぞれに兄妹のサインを2つずつもらい、「今日のコンサートの記念になる」と喜んでいた。
作曲家自らが司会進行を行い、曲を作った背景などについてプライベートな情報を交えて解説を行う、という形式のリサイタルは珍しい。兄が作曲した曲を兄妹で演奏する姿や、二人の会話は、家族ならではの親しみや和やかさがあり、観客は楽しい雰囲気を満喫した。
5月6日に公開の映画「追憶」(降旗康男監督)の音楽を千住明が担当している。
(2017年4月22日、広島市中区上野学園ホール)(城所美智子)