
男性ソプラノ歌手の岡本知高が「ひがしひろしま音楽祭」特別企画として10日、東広島芸術文化ホールくららでコンサートを行い、オペラ、日本の唱歌、ポップスなど多岐にわたるジャンル全13曲を熱唱した。
岡本のCDアルバム「春なのに〜想歌」の発売(2016 年10月)を記念したツアーの千秋楽にもあたるコンサート。岡本は変声後も強靭なソプラノ音域が自然に維持され続けている世界的にも大変希有な「天性の男性ソプラノ歌手」だ。世界中のオーケストラとの共演やオペラ、ミュージカルへの出演の他、世界フィギュアスケート選手権、 Jリーグチャンピオンシップ、日本ダービー、プロ野球の開幕戦など国歌独唱をする機会も多い。
岡本は衣装1着ずつに名前をつけており、「雪の女王」と名付けた白いゴージャスな衣装で登場し、ヘンデル作曲の歌劇「セルセ」より「オンブラ・マイ・フ」を圧倒的な声量で歌い上げた。マイクは使わずとも、1200人収容の4階まで客席がある大きなホールいっぱいに高音が美しく響きわたった。
岡本は1曲目を歌い終えると「東広島の皆さん、こんにちは」と挨拶。話すときの声は、男性としてはやや高音と思われる程度の高さなので、歌うときの超高音とのギャップに、会場からは驚きと賞賛の笑いがおこった。岡本は「男性ソプラノの歌を聴いたことがない人は、はじめはぎょっとすると思うが、だんだん慣れる。今から400 年前のヘンデルの時代には、教会で女性が言葉を発してはいけない習慣があり、男性ソプラノ歌手がたくさんいた。『オンブラ・マイ・フ』も男性ソプラノのための曲」と応じた。2曲目も歌劇で、プッチーニの「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」を熱唱した。
岡本は高知県宿毛市出身。「中学1年生のときに音楽の教師になりたいと思ったが、地元には専門的に音楽を学ぶ環境がなく、地方の暮らしを否定的に感じたこともあった。大学進学のため上京し、故郷を振り返ると、美しい風景、自然豊かな環境での経験がとても貴重なもので、歌を歌うときに役立つことを実感している。子ども時代にどこで暮らすかはとても重要。子どもの想像力を育めるような環境だとよい。歌を歌ったり聴いたりすると、過去のいろいろな時代の自分に会いに行くことができる気がしている。次の曲は故郷や思い出の場所を思い浮かべながら聴いてほしい」と話し、懐かしの叙情歌メドレーとして「旅愁」「浜辺の歌」「小さな木の実」「荒城の月」などを披露した。
4曲目では、年老いた男性が自分の姿を桜に例えた荒木とよひさ作詞、三木たかし作曲、清塚信之編曲の「さくらの花よ泣きなさい」をしっとりと歌った。「自分は声が高いから歌を歌っているのではなく、歌が好き、歌うことが楽しいから歌っている。今40 歳だが、 60歳、70歳になってもソプラノ歌手であり続けたい。これから大事にして行きたい曲」と語った。
5曲目、6曲目は東広島児童合唱団との共演。阿久悠作詞、森田公一作曲、榎木潤編曲の「もう一度ふたりで歌いたい」では、歌の途中で後方から子ども達の歌声が聴こえてきて、観客が驚いて後ろを振り返ると白いベレー帽がかわいらしい東広島児童合唱団の子ども達が登場し、歩きながら歌い、ステージにあがった。中島みゆき作詞作曲、榎木潤編曲の「糸」では、合唱団の児童のソロから始まり、だんだんと歌声が増えていき、岡本も加わって感動的な光景が広がった。
後半は、「ブラッドオレンジ」と名付けた目の覚めるような鮮やかなオレンジ色の衣装で登場。今日のピアノ演奏をつとめる飯田俊明作曲、かの香織作詞の「友よ」を7曲目に披露した。「岡本さんの明るさ、誠実さ、気品をイメージして作った曲」と飯田。「この曲のように、クラシックとポップスの中間の「クラシカル・クロスオーバー」と言われる曲を歌うのを得意としている」と岡本は語った。
8曲目は、フィギュアスケートの安藤美姫が岡本の生の歌声にのせてスケートを披露したことがあるという、ジョン・ニュートン作詞、作曲不詳、編曲岡島礼の「アメイジング・グレイス」。9曲目は、ウラディーミル・ヴァヴィロフ作曲の「カッチーニのアベ・マリア」。いずれも賛美歌の響きが心に染み入る。
10曲目は、2011年の東日本大震災直後にソプラノ歌手の菅野祥子が陸前高田市の人々を想い作った「春なのに」。「歌は祈りであり、哀しい歌であっても、喜びをもって歌いたい」と岡本。「人生にはいろいろなことがあり、穏やかな人生ばかりではない。悩みや苦しみがあるからこそ抱くことができる喜びに目を向けていきたい」と語り、最後は、作詞作曲さだまさし、編曲榎本潤の「一期一会」を歌った。
アンコールでは、緑の大輪のバラをあしらったドレスに衣装を変えて、ヴェルティの歌劇「椿姫」より「乾杯の歌」で会場の拍手とともにステージは盛り上がり、ラストはプッチーニの歌劇「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」を熱唱し、2時間のコンサートは終了した。終演後の握手会では、興奮さめやらぬ多くの観客が長蛇の列を作った。
(2017年6月10日、東広島芸術文化ホールくらら大ホール)(城所美智子)