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今年で14回目を迎えたクラシックの音楽祭「ラ・フォル・ジュルネTOKYO2018」が、5月3日から5日まで、東京丸の内と池袋で行われた。東京国際フォーラムを中心に周辺エリアを会場とする「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」は、毎年ゴールデンウィークの丸の内の風物詩となっており、今年は新たに池袋の東京芸術劇場と周辺エリアでも同時開催し、規模を拡大した。

フランス語で「熱狂の日」を意味する「ラ・フォル・ジュルネ」は、1995年にフランス西部の港町ナントで誕生したクラシック音楽祭。毎年1月下旬から2月上旬に行われる。今年のテーマは「モンド・ヌーヴォー新しい世界へ」。故郷を離れて異国の地に移り住んだ作曲家が書きあげた作品にスポットを当てた。 「ラ・フォル・ジュルネTOKYO2018」では、フランスで今年行われたプログラムの再演と日本オリジナルのプログラム合わせて、有料公演178、無料公演を合わせると約400の公演が3日間で行われ、主催者発表による来場者見込数は約50万人にのぼる。

 

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混雑する東京国際フォーラム

公演が45分と短く、国内外の一流の演奏を3千円以下の低料金で楽しめるので、タイムテーブルを片手に、公演から公演へはしごする観客が多かった。 5日の正午から東京国際フォーラムB7ホールであったチェコ出身の世界的バイオリニスト、ハヴェル・シュポルツルの公演は、800席を超える会場が満席。

シュポルツルは伝統ロマ音楽のバンドであるジプシー・ウェイと共演し、流浪の民ロマの音楽世界を表現した。プログラムは、ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」、サラサーテ「チゴイネルワイゼン」、ブーランジェ「我が祈り」、シュポルツル「ヤノス・ビハリに捧ぐ〜ジプシー・ファイヤー」、ババイ「カプリス・ツィガーヌ」、シュポルツル「ヤノス・ビハリに捧ぐ〜ナーネ・ツォーハ」、アンコールは、モンティ「チャールダーシュ」の全7曲。

シュポルツルは青いバイオリンを自在に操り、すべての曲で、神業的な超絶技巧を披露した。共演したジプシー・ウェイはビオラとコントラバスとツィンバロンの編成だ。ツィンバロンは、ハンガリーなど東ヨーロッパで多く使われる打弦楽器で、ねこじゃらしのような形をしたばちで、弦をたたいて音を出す。一般的なクラシックのコンサートで、バイオリンとツィンバロンが一緒に演奏をするところを聴く機会はまずないが、未知の楽器との組み合わせによる演奏を聴く経験は新鮮に感じられ、音楽祭ならではの醍醐味ともいえるだろう。

45分間の公演が終わると、シュポルツルはすぐに別のホールへ移動し、午後1時からサイン会を行った。5日の午後2時15分から東京国際フォーラムAホールで行われたバイオリンの前橋汀子が演奏するメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲の公演には5000人もの観客が集まった。管弦楽は東欧屈指のオーケストラであるクルージュ・トランシルヴァニア・フィルハーモニー管弦楽団、指揮はカスパル・ゼンダー。

前橋汀子は、2017年に演奏活動55周年を迎えたベテランの国際的バイオリニストだが、「ラ・フォル・ジュルネ」には初登場となった。前橋は17歳で旧ソ連国立レニングラード音楽院(現サンクトペテルブルク音楽院)創立100年記念の一環として、日本人初の留学生に選ばれ、ミハイル・ヴァイマンのもとで3年間学んだ。日本人海外留学生の先駆者であり、今年のテーマである「モンド・ヌーヴォー新しい世界へ」を体現してきた音楽家だ。

演目は、オーケストラ単独でメンデルスゾーンの「「夏の夜の夢」から序曲」、前橋を迎えメンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲」、アンコールは前橋のソロでバッハの「無伴奏バイオリンのためのパルティータ第3番よりガヴォット」。5000人を収容するホールは、マイクを使わないクラシックのコンサートには広過ぎ、最適な環境とは言えない。しかし、指揮者のゼンダーの肩に届かないほどの小柄な前橋が奏でるバイオリンの音色は、気迫にあふれかつ円熟した美しさがあり、オーケストラとともにメンデルスゾーンの名曲を見事に演奏した。

「ラ・フォル・ジュルネ」の特長のひとつに、多彩な無料イベントの開催がある。出演アーティストが若手演奏家を公開指導する「マスタークラス」は人気プログラムだ。観客は有料公演のチケットまたは半券を提示すると、3日間で合計15回開催される様々な楽器や声楽のマスタークラスを何度でも無料で聴講することができる。5日の午後4時30分からは、フランスのクラリネット奏者でアンサンブル・メシアンのメンバーのラファエル・セヴェールによるマスタークラスが行われた。受講者は若山修平氏で、曲はシューマンの幻想小曲集作品73。埼玉県行田市から来た76歳の女性は「片道2時間かけて、3日連続で音楽祭に来た。毎年楽しみにしている。このクラリネットの他にも、ハープやピアノのマスタークラスも聴講した。自分自身は趣味でピアノを弾いているが、ピアノ以外の楽器の演奏指導を聴講するのは、とても刺激的で新しい発見があり、ピアノの演奏にも参考になるところが大きい」と話した。

マスタークラスの指導者の大半が「ラ・フォル・ジュルネ」での公演のために来日した外国人。そこで、マスタークラスで重要な役割を果たすのは、通訳者だ。指導の内容を正確に訳して、受講者と聴講者に伝える通訳には、語学力だけではなく、音楽の専門的な知識も求められる。翻訳家の藤本優子氏がフランス語を話すセヴェールの通訳を行った。かつてピアニストとしてフランスに留学していた経験をもつ藤本氏の通訳はわかりやすく、音楽的な表現も多彩でセヴェールの指導を的確に伝えている。受講者にとっては少し厳しい指摘も笑顔を交えつつストレートに伝えることで場の空気が和み、良い雰囲気でのマスタークラスとなった。セヴェールの模範演奏を聴き、アドバイスを必死に譜面に書き留め、わずか1時間という短い指導時間内でも演奏を進化させていく若手演奏家に、聴講者から大きな拍手が送られた。