世界で活躍する五嶋龍のバイオリン・リサイタル2018「忘却にして永遠に刻まれる時」が5日、広島県三原市芸術文化センター・ポポロであった。知名度や人気度の高さにも増して、曲の表現力は非常に高い。空手3段という鍛え上げた肉体から放たれる音は、体幹の強靭さを感じさせるものがあり、ほかのバイオリニストの誰にも似ていない独特の音色を作り出していた。
2017年3月までテレビ朝日系列の番組「題名のない音楽会」の司会を務めたこともあって、五嶋の知名度と人気度は抜群だ。3年ぶりとなる日本でのリサイタルツアーは、広島の他に、山口、長野、岐阜、静岡、北海道、大阪、東京で全10公演であり、チケットはすべて完売となった。
プログラムは、シューマン「バイオリンとピアノのためのソナタ第2番」、イサン・ユン「バイオリンとピアノのためのソナタ第1番」、ドビュッシー「バイオリンとピアノのためのソナタ」の3曲。アンコールはクライスラー「美しきロスマリン」、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」、サン=サーンス「序奏とロンド・カプリチオーソ」の3曲で、合計6曲を熱演した。使用楽器は1722年製のストラディヴァリウス「ジュピター」。ピアノはイギリスのマイケル・ドゥセク。
会場のある広島県三原市は、平成30年7月豪雨災害により甚大な被害を受けた。リサイタル会場の最寄りとなる三原駅を走る在来線の山陽本線は未だ不通が続く。観客は三原駅を通る山陽新幹線や自家用車で会場まで足を運んだ格好になった。
リサイタル終演後には、五嶋と天満祥典三原市長がステージに登壇し、災害復興支援の目録が五嶋から天満市長に手渡された。会場の観客からは五嶋への感謝と天満市長への激励の意を示す大きな拍手がおこった。
天満市長も五嶋もマイクを持って登壇したが、天満市長が一方的に話しをして、天満市長から五嶋にコメントを求めなかったので、五嶋の肉声を聴くことはできなかった。被災者でリサイタルにかけつけた観客や、五嶋のファンとしてはやや残念な気持ちがしたはずだ。
一方的に話をする天満市長
スーツ姿の五嶋の右襟には、北朝鮮に拉致された日本人を救出することを目的とした運動の象徴であるブルーリボンがつけられていた。五嶋は拉致問題の啓発を目的として、学生オーケストラと共演してチャリティーコンサートを昨年実施した。今回のリサイタルのプログラムの五嶋本人によるコメントの一部には、拉致問題について次のように書かれている。「昨年は「拉致被害者問題」に一喜一憂した。仲間を募って熱い夏を越した。クリスマス、お正月、ゴールデンウィークの束の間に、“怒り”“悲しみ”“希望”を込めたメッセージは、夜空の星を映す海でさえ運んでくれると信じて。しかし僕達の声は未だこだまにさえなっていない」
音楽のみならず、豪雨災害への寄付、拉致問題の啓発、といった五嶋の社会的な活動にも注目が集まったリサイタルだったといえるだろう。
五嶋龍バイオリン・リサイタル2018“忘却にして永遠に刻まれる時”は、6日に大阪のザ・シンフォニーホール、8日、9日に東京のサントリーホールで行われる。
(2018年8月5日、広島県三原市芸術文化センター・ポポロ)(城所美智子)