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 初公開時には評論家から無視された映画が、時が経つにつれて、次第に好意的な評価に変わっていくことがある。時代が作品に追いついたのだろうか。それとも作品が理解されるまでに時間がかかったのだろうか。
 画家フィンセント・ヴァン・ゴッホは、生前に売れた絵画がたった一枚だったといわれているように、作品が後になって再評価されるというのはよくある話だ。
 例えば、マイケル・チミノの『天国の門』やブライアン・デ・パルマ監督の『スカーフェイス』は、劇場初公開時には評論家から散々な評価を受けたが、後年になってカルト的な人気を得るようになった。
 11月にオリジナル完全版が公開されるウイリアム・フリードキン監督の『恐怖の報酬』もそんな一本だ。この映画はアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督のフランス映画の名作『恐怖の報酬』のリメイク。初公開時には、クルーゾー監督版と比較され、クルーゾー版には遠く及ばないといった論調のレビューばかりだった。
 完全版は約2時間だが、日本を含む北米以外での公開時には約90分の短縮版で上映された。これも低い評価につながっている原因のひとつだ。ただ、作品評価の低さや編集の問題だけではなく、当時は興行も低調だった。フリードキンはプロデューサーも兼ねており、彼の悪い意味での転換点になってしまった作品でもある。
 リメイク映画を評価する場合、どうしてもオリジナルと比較することになる。ただ、リメイクはリメイク作品として独立した評価をするべきだ。
 フリードキン版のストーリーはクルーゾー版とほとんど変わらない。社会の底辺で生きている男4人が、高額の報酬を得るために一触即発の危険物ニトロ・グリセリンをトラックで目的地まで運ぶというサスペンス劇である。
 この映画は基本に忠実な構成で、全体の3分の1で登場人物たちのバックグラウンドをきっちりと紹介していく。次の3分の1で、男4人に危ない仕事が課せられる。そして映画の上映時間のちょうど半分が過ぎる頃、彼らは目的地に向かってトラックで出発する。そのあとは、暴風雨のなかを壊れかけた吊り橋を渡ったり、嵐で倒れた大木で唯一の道が塞がれてしまったりといった危機的な状況におちいるが、彼らは知恵と度胸で切り抜けていく。数々の見せ場の連続だ。
 冒頭部分にある主人公たちのこれまでの人生模様の描写が冗長にも感じられるが、やはりこの部分があるからこそ、映画に深みが出てくる。
また、細い山道をトラックが怖々と進む描写は実にスリリングであり、撮影は困難を極めただろう。
 ドイツのプログレッシブロックグループ、タンジェリン・ドリームの手掛けた音楽は力作だが、映画ではところどころに短く控えめに使用されているだけである。ドキュメンタリータッチを追求したゆえのことかもしれないが、音楽を垂れ流すような使い方はしていない。
 今回の修復版の上映では、特に日本初公開時にはカットされたラストシーンが復活しているのがうれしい。これで短縮版しか見ていない人々の評価は確実に上がるはずだ。
   サウンド面でも、油田の爆発音だけでなく、全体的に音の存在感が増した。特に銃声がはっきりと聞こえる。最後の最後、酒場に響く鈍い銃声が衝撃的だ。こうした数々の修復がこの映画の価値をさらに確固たるものにしていくだろう。


(2018年9月3日)(矢澤利弘)